企業に信用失墜をもたらすインサイダー取引の規制・防止対策を解説

2019/12/25

インサイダー取引

投資判断に影響を与える未公開の重要な情報をもとに株の売買等を行うインサイダー取引は、個人および法人が刑事罰や行政罰を受けるだけでなく、企業の社会的な信用を失墜しかねない重大な犯罪です。企業はインサイダー取引によるリスクを最小化するために、どのような対応策を講じる必要があるのでしょうか。インサイダー取引を防ぐ方法や取引規制の基本知識、近年の発生状況も含めて解説します。

 
1. インサイダー取引規制の基本概要

インサイダー取引に関する規制は「金融商品取引法」に定められた罰則を伴う規制で、投資者の保護および金融市場の透明性・公平性を担保するために行われます。仮に重要な情報を知り得る立場の者だけが有利に株取引を行える証券市場になってしまえば、取引の信用性は失われ、証券市場は衰退するでしょう。

そのような不公平な株取引を放っておくと、市場に参加したいと感じる一般の投資家がいなくなり、企業は資金調達の大きな手段を失う原因にもなります。そのうえ、イノベーションも起こらず国際競争力を失い、社会全体の損失につながるのです。インサイダー取引はこうしたリスクがある重大な行為ですが、定義や規制の対象、罰則など、まずはインサイダー取引規制の基本を押さえておきましょう。
 

1-1. インサイダー取引の定義

インサイダー取引は、上場企業等の株価に影響を与えるような重要事実を知り得る立場にある者(会社関係者、元会社関係者を含む)が、世間に一般公開される前の重要事実をもとに、特定有価証券等の取引を行うことです。

ここでいう【上場企業等】とは、証券取引所に上場されている企業や、それに関連する企業です。
上場企業の子会社や不動産投資信託(REIT)を発行する投資法人なども含まれます。
また、特定有価証券等とは、株券、社債、新株予約権証券などを指します。

もう一つキーワードとなる【重要事実】ですが、これについては金融商品取引法第166条第2項各号に列挙されています。重要事実とは、上場企業やその子会社の運営、業務、財産等に関わる重要な情報であり、投資家が「売り」「買い」の判断をする際に大きな影響をおよぼすものが該当します。たとえば以下のような事実です。
 

  ・資本金の額の減少
  ・業務上発生した損害
  ・事業の譲渡や譲受
  ・新製品の開発
  ・業務提携
  ・会社の合併、分割
  ・業績予想の大幅な修正

  ・資本金の額の減少
  ・業務上発生した損害
  ・事業の譲渡や譲受
  ・新製品の開発
  ・業務提携
  ・会社の合併、分割
  ・業績予想の大幅な修正

 

また【一般公開】の方法は法令で定められており、以下のうちいずれかの場合に「公表された」状態になります。

1. TDnet(適時開示情報伝達システム)を用いて証券取引所等に
 通知され「適時開示情報閲覧サービス」に掲載された場合


2. 新聞社などの報道機関2社以上に公開されてから12時間を経過した場合

3. 有価証券届出書などの法定開示書類が公衆の縦覧に供された場合

たとえば報道機関のスクープ報道や憶測記事の掲載があっただけでは法令の公表があったとみなされないため、これらの情報をもとに取引すれば公開前の取引に該当します。

なお、重要事実を知った後の取引が例外なく規制されるのではなく、金融商品取引法第166条6項で適用除外規定が設けられています。

株式の割当てを受ける権利の行使により株券を取得する場合、新株予約権を行使することにより株券を取得する場合などが、この除外規定に該当します。これらはインサイダー取引規制の趣旨と照らし、金融市場の公平性を損ねない取引と解釈されています。
 

1-2. 規制の対象者

規制の対象となるのは、大きく「企業の内部者」と「情報受領者」に分けられます。

「企業の内部者」とは、企業の重要事実を知る立場にある者です。
上場企業の役員や正社員はもとより、契約社員、派遣社員、アルバイト・パートなども、雇用形態や立場を問わず幅広く規制されます。また、企業外部の者であっても、契約締結先や顧問会計士、大株主など、企業と深く関わりのある者や、退職から1年が経過していない元従業員も含まれます。

対して「情報受領者」ですが、企業の内部者から直接に情報を得た人物を指します。
仕事上の関係者とプライベートの関係者に大別され、前者は取引先や監査法人などが、後者は家族や友人、同級生、交際相手、元同僚といった関係者です。たとえば、上場企業に勤める社員がつい合併の話を友人に漏らし、友人がその情報をもとに株取引を行うケースなどが挙げられます。

 
1-3. 違反者へ罰則

インサイダー取引を行うと、罰則として「5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金または両方」を科されます (金融商品取引法第197条の2項13号)。これは、業務上必要な注意を怠り、人を死亡させる「業務上過失致死」(刑法第211条) の罰則「5年以下の懲役もしくは禁錮または100万円以下の罰金」よりも重たいものです。このことからも、インサイダー取引がいかに重罪かがわかります。

また、インサイダー取引によって得た財産も没収となります (金融商品取引法第198条の2項)。
そのうえ、法人の代表者や従業員等が法人の業務としてインサイダー取引を行った場合は、本人だけでなく法人にも刑罰が科されます。罰則は「5億円以下の罰金」です (同法第207条1項2号)。

平成17年 (2005年) 4月からは、刑事罰に加え、行政上の措置として、違反者に対して金銭的負担を課す「課徴金制度」も設けられました (同法第175条)。証券取引等監視委員会による勧告、審判手続きを経て、金融庁長官が違反者の経済的利得相当額を支払うよう、課徴金納付命令の決定を行います。

 
2. インサイダー取引の発生状況

インサイダー取引が年にどれくらい発生しているのかは、証券取引等監視委員会の活動状況などから知ることができます。違反者の属性もあわせて確認しましょう。

 
2-1. 課徴金納付命令勧告の実施状況

証券取引等監視委員会が公表している資料によると、近年のインサイダー取引における課徴金納付命令勧告件数は次の通りです。(※ () 内は相場操縦、偽計を含む全体の件数)

●平成26年(2014年) 31件(42件)
●平成27年(2015年) 22件(35件)
●平成28年(2016年) 43件(51件)
●平成29年(2017年) 21件(26件)
●平成30年(2018年) 23件(33件)

 
2-2. 違反者の属性

次に、違反者の属性を見てみましょう。

まず会社関係者等か、会社関係者等以外の者に該当する第一次情報受領者であるかに関しては、第一次情報受領者の割合が若干多くなっています。つまり、会社関係者以外の第三者への情報伝達をきっかけとしてインサイダー取引が起こる可能性が高いことを意味しています。

●平成28年度(2016年) 会社関係者等50.0%、第一次情報受領者50.0%
●平成29年度(2017年) 会社関係者等44.4%、第一次情報受領者55.6%
●平成30年度(2018年) 会社関係者等47.4%、第一次情報受領者52.6%

会社関係者等の属性については、以下のとおり、社員が多数を占め、情報源となった契約に関する締結者等も多くなっています。社員へインサイダー取引の知識やルールを周知徹底することの他、社外との交渉や締結に際しては、厳重な情報管理が求められるといえます。

●平成28年度(2016年) 役員5.0%、  社員70.0%、  契約締結者等25.0%
●平成29年度(2017年) 役員12.5%、社員62.5%、  契約締結者等25.0%
●平成30年度(2018年) 役員0.0%、  社員100%、 契約締結者等0.0%

第一次情報受領者の属性については、取引先や親族も一定割合いる一方で、友人・同僚、知人等が占める割合も大きくなっています。

●平成28年度(2016年) 取引先20.0%、親族20.0%、友人・同僚50.0%、知人等10.0%
●平成29年度(2017年) 取引先20.0%、親族20.0%、友人・同僚40.0%、知人等20.0%
●平成30年度(2018年) 取引先20.0%、親族0.0%、  友人・同僚30.0%、知人等50.0%

 
3. インサイダー取引を防ぐ基礎知識
インサイダー取引-2
インサイダー取引-2

インサイダー取引は具体的に何が規制されているのか分かりづらい面があるため、「ついうっかり」「よく分からずに」法を犯す可能性があります。しかし、いくら無知や見解の相違を主張してもインサイダー取引が成立すれば刑事罰や行政罰を科され、加えて社会的信頼を失うリスクがあります。ここでは、自らがインサイダー取引の関係者にならないために、注意するべき基本的なポイントを解説します。

 

3-1. 株価に影響する話をしない

株価に影響を及ぼす可能性のある話は、相手が誰であっても一切しないというくらいの意識が必須です。
社外の人は身内だろうと企業の重要な情報に関する話をしないこと、社内の人であっても担当部署によって知り得る情報が大きく異なることから、慎重な対応が求められます。

株価に影響を与える材料は実に多くの種類があります。業務提携や合併の話、取引先の経営破たん、増益・減益、あるいはスキャンダルまで、投資家たちはさまざまな観点から企業価値を判断するからです。

たとえば、友人との飲食の席で自社が今後手掛ける新製品開発の話をする。それを聞いた友人が「よさそうな商品だから株価が上がるだろう」と判断して株を買えば、それはまさにインサイダー取引にあたる可能性があるのです。

プライベートの場では気持ちが緩みがちになるものですが、日常会話レベルでも慎重さが必要です。

 
3-2. インサイダー取引のきっかけを作らない

重要事実を知り、自らは株取引等を行わない場合でも、インサイダー取引のきっかけを作らないよう注意を要します。家族や友人、恋人等、身近な人に重要事実を伝えた結果、家族や友人等がインサイダー取引を行えば、その人たちが罪に問われます。

つまり、自身が不用意に口にした情報によって、大切な人を犯罪者にしてしまう可能性があるということです。これを防ぐには自らが情報源とならない意識が必須です。

また、重要事実を伝えただけではインサイダー取引が行われなければ本人は罪に問われませんが、社内処分の対象とはなり得ます。処分の内容は社内規則によりますが、減給や降格、あるいは解雇され職を失うリスクも存在するでしょう。さらに、社員が重大な情報漏えい行為をしたとあれば、企業として社内の情報管理体制の不備も問われることになります。
 

3-3. 意図的にインサイダー情報を伝えない

相手に儲けさせるなどの目的をもって情報を伝えれば明らかに違法ですが、仮に重要事実を漏らさずとも、重要事実を知りながら取引を勧めたり、相手に誤解を生じさせて取引を誘発したりすれば、罪に問われる可能性があります。

目的が相手の損失を回避するためであっても同様に違法となります。たとえば、取引先が経営破たんし、大幅な減益が見込まれると知り、自社の株を保有する友人に損をさせないために「早めに売ったほうがよい」などと伝える行為です。本人は親切心のつもりかもしれませんが、友人がインサイダー取引をすれば犯罪が成立してしまいます。

 
3-4. 公表されているかを確認する

株取引をしたり、誰かに企業の重要な情報を話したりする際には、重要事実が公表された後かどうかを確認することが大切です。仮に少額の取引や、利益がほとんどでない取引、損をした取引であっても、未公表の情報をもとに取引すればインサイダー取引に変わりはありません。

公表後か否かが分からない場合は、ウェブサイトのTDnet (適時開示情報閲覧サービスで確認する、担当部へ相談するといった方法で対応できます。

 
4. インサイダー取引のリスクを最小化するには
インサイダー取引-3
インサイダー取引-3

社員等を発端としてインサイダー取引が行われると、企業は該当の社員へ懲戒処分を検討すれば済む話ではなく、企業自身も刑事罰や課徴金の対象となり経済的な損失を被ります。また、顧客、取引先、金融機関といった対外的な信頼を失い、それによって顧客離れや売上の減少など、更には企業存続に関わるリスクも存在します。

「疑われる」だけでも、調査や捜査への対応に人材や時間を費やすため、大きなダメージを被ります。
こうしたリスクを最小化するために、企業はどのような取り組みを行うべきなのでしょうか。

 
4-1. 機密情報の管理体制を整える

まずは機密情報を徹底的に管理し、情報漏えいを防ぐ体制を整えることが肝要です。機密情報の管理は、各々の企業規模に応じて異なりますが、具体的には次のような体制を整えることが考えられます。

小規模な企業の場合、たとえば、経営者も含めたすべての従業員が参加する形で、情報管理に関する定期的な話し合いの場を設け、情報管理の報告やルールの見直しを行う方法が考えられます。定期的な話し合いによって社員が当事者意識をもちやすくなり、現場の実情に即した柔軟な対応も可能となります。

大規模な企業の場合、コンプライアンス部門やリスク管理委員会といった組織を設立する、あるいはすでにある組織に情報管理機能をもたせるといった方法で、組織的に管理する必要性が生じます。これらの組織には各部署の責任者を参加させ、責任者を通じて各部署における情報管理を徹底させるなど、横断的な対策も求められます。

 
4-2. 法令改正に合わせた規程のアップデート

インサイダー取引を防ぐために、いつでも確認できる社内規定を整備することは必要不可欠ですが、これは一度整備すればよいのではなく、常にアップデートを行うことが大切です。インサイダー取引においては、平成元年4月に規制が開始 (刑事罰の整備) されて以来、禁止行為の拡大などさまざまな見直しが行われてきました。

社内規定はすでにあるし、改正については法令を見れば済むのだからと放置するのではなく、改正が行われたら規定に反映させ、その都度、管理体制の見直しを図るのが望ましいでしょう。見直されたタイミングで規定を再度周知することで、役員や社員に対する注意喚起にもつながります。
 

4-3. 社内研修の実施

インサイダー取引の基本知識を社員らに周知徹底するためには、社内研修の実施も有効です。ここでは、重要事実は何かについて細かい規定や基準を教え込むよりも、インサイダー取引が規制される理由や、抜け駆け的な取引はすべて禁止されるといった大枠を社員に理解してもらうことが大切です。

研修では、本記事1~3章の内容を中心に社員たちが身近に捉えられる事例を交えながら、他人事ではなく自らの問題と認識できるよう工夫してプログラムを作成しましょう。また、1回だけで終わらせるのではなく、定期的に最新の動向や事例紹介などを追加して研修を実施し意識を根付かせるように仕向けることも大切です。

証券取引等監視委員会のHPを見ると、年度ごとの勧告事例などのさまざまな資料が公開されていますので、研修内容の検討に役立ちます。

インサイダー取引と聞くと、多くの社員にとっては自分とは無縁の犯罪だという認識をもっているかもしれません。しかし実際にはプライベートの場における不用意な発言がきっかけとなり、不正取引につながる事案も多く見られます。

研修の中でも、インサイダー取引の動機や目的は犯罪の成立とは無関係であり、悪気なく行った場合でも規制の対象となる点も理解してもらうことが重要です。うっかり口外したことが犯罪を誘発し得ること、それによってどのような事態が想定されるのかもあわせて説明しましょう。

また、社外役員 (社外取締役、社外監査役) についてもインサイダー取引規制に違反するリスクがあるため、こちらも対策が必要です。平成30年6月には証券取引等監視委員会が、上場企業の元社外取締役の男性を、取引推奨とインサイダー取引の罪で初の刑事告発を行っています。社外役員に関しては社員らとは知り得る情報が異なるため、社内向けの研修とは別に研修を受けてもらうのが望ましいでしょう。

 
4-4. 定期的な内部監査

インサイダー取引によるリスクを最小化するには、継続的な取り組みが不可欠です。たとえば、内部監査の一環として、自社の運用を定期的にチェックする仕組みを作ることが考えられます。その際には、組織的に独立し、公平性、客観性をもって監査できる人材を内部監査人として選ぶことが重要です。監査後に、改善すべき点や改善の期限を設け、改善されているかを確認する必要があります。

また、社内規程や情報管理体制が十分なものになっているか、法改正がそれらに反映されているかといった点について、法律事務所へ確認を依頼するといった方法も有効でしょう。法律事務所であれば最新の法令や事例、起こり得るリスク等を理解しているため、社内ではどうしても抜け落ちてしまう部分をフォローしてもらえるはずです。こちらも定期的な確認が求められます。

 
5. まとめ

インサイダー取引を防ぐために、企業として情報管理体制や規程の整備、定期監査の実施等の対策が急務です。社員らの当事者意識を促す研修も有効でしょう。近年のインサイダー取引における課徴金納付命令勧告件数は毎年20件を上回っています。
企業の深刻なイメージダウンのみならず、企業の存続すら脅かす行為となりかねないことを十分に理解し、対策に取り組みましょう。

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