取締役の退任・辞任・解任に潜むリスクを知り取引先信用度の深掘りを

2021/04/16

取締役解任

取引先や提携先企業を調べる中で商業法人登記を閲覧した時に、取締役の「解任」という表記を見たことは無いでしょうか?そしてその意味も知らずに何となくスルーしていたこともあるのではないでしょうか。その解任の二文字の裏にはその人物や法人にとって大きな問題を孕んでいる可能性があり、取引先として提携先としてなんらかのリスクが潜んでいる恐れもあるのです。本記事では商業法人登記に記載される取締役の「退任」「辞任」「解任」の意味を知って、さらにはその裏側に潜む事情の存在までを理解することで企業の信用度を見抜く引き出しを一つ増やしていただければと思います。最後には当社が調査した事案から、同族経営企業の内紛から生じた解任劇の事例をご紹介します。

 
1. 株式会社と取締役は委任関係

退任・辞任・解任の意味を知る前に理解しておかなければならないのは、『株式会社と取締役』はどのような根拠によって関係するものなのかです。株式会社と取締役との関係については、会社法330条において、民法643条から656条に定められる「委任」に関する規定に従うこととされています。民法第643条では『委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。』とあり、株式会社がその経営という行為を取締役となる人に業務委託してその対価を支払うという契約関係です。つまり雇用関係ではないということです。(日本の企業には使用人兼務取締役という概念が存在しこちらの場合、使用人としての雇用関係が併存します。1-3項で少し解説します。) 委任契約における一方の当事者が契約不履行を生じさせれば、契約解除や損害賠償請求などが起こされます。これを会社と取締役の関係に当てはめれば、解任により職を解き損害賠償の請求をするというアクションになります。
 

1-1. 委任関係における善管注意義務

民法第644条には受任者の注意義務として『受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。』という条文があります。これが株式会社と取締役の間でも適用されることになります。では具体的に善管注意義務とはどのような内容となるのか列記します。

①取締役本人が法令違反をしないこと、会社や従業員に法令違反をさせないこと
②他の取締役や従業員が適正に職務を行っているか監視・監督をすること
③誤った経営判断で会社に損害を与えないこと

 

1-2. 善管注意義務違反による責任とは

受任者たる取締役は善管注意義務に違反した場合は、委任者たる株式会社に対して損害賠償の責任を負うことになります。これを法律用語では任務懈怠責任といいます。損害賠償の額はその取締役の行為や不作為によって生じた会社の損害額となります。尚、仮に会社が取締役の任務懈怠責任を問わない場合でも、一定の要件のもと株主が株主代表訴訟という形でその責任追及をすることができます。そして、善管注意義務違反を犯すような人物は委任した業務の管掌には不適格とされ、解任の決議が株主総会に掛けられることになります。
 

1-3. 使用人兼務取締役の責任と地位

日本の企業では人事昇格の最終ゴールが取締役とする概念が広く存在し、部長・支店長・工場長・営業所長・支配人等法人の機構上定められている職務上の地位の従業員 (使用人) に取締役を兼務させることが一般的です。取締役営業本部長や取締役総務部長などがこれにあたります。
使用人兼務取締役は会社との委任関係と雇用関係が併存する立場にあり、取締役としての善管注意義務、労働者としての執務専念をはじめとした諸々の義務を有します。双方の立場の義務を課されるという意味では、より責任が重い立場と解することもできます。
片や、委任者たる取締役を解任され委任契約が解除されても、労働契約が解除されることにはならず従業員としての地位は保証されることになります。ただし、取締役解任の理由が背任や横領その他犯罪行為などの場合は、従業員の解雇事由ともなりますのでこの限りではありません。
 

2. 取締役の退任・辞任・解任の意味

商業法人登記で取締役が辞める理由として「退任」「辞任」「解任」が記載されますが、その各用語には明確な意味が込められています。ここではその意味をしっかり理解していただきます。
 

2-1. 退任の意味

株式会社の取締役には任期が定められており、その任期満了により辞めることを「退任」と登記され称されます。
会社法332条により、株式会社の取締役の任期は通常2年 (実際には2年目の年度の最終株主総会終了まで) とされ、2年未満の任期短縮も定款または株主総会決議によって可能と定められています。
非公開の企業については定款によって最長10年までの伸長ができます。
 

2-2. 辞任の意味

取締役が自らの意思で任意のタイミングで辞めることを「辞任」と登記され称されます。
会社の承諾なしに自由に辞めることが認められる一方で、その辞任が会社に対して不利益・損害を与えるような状況であった場合には損害賠償を請求できるとされています。ケンカ別れのような形で一方的に辞意表明し任されていたプロジェクトを放り出してしまったようなケースが想定されます。
また、株式会社では取締役会設置会社の場合、取締役は3名以上 (会社法331条) と定められており、辞任によりその人数が欠ける場合には、会社は速やかに後任の取締役を任命しなくてはなりません。辞任する取締役は後任者が就任するまでは権利義務を負う定めがあり辞めることができません。
 

2-3. 解任の意味

本人の意思に関わらず会社側の意思で一方的に辞めさせることを意味します。
取締役の解任は株主総会決議事項で、50%を上回る議決権を有する株主が出席し、出席した株主の過半数が取締役の解任に賛成すれば、理由の如何を問わず取締役の解任は成立します。電光石火の社長解任劇が起こるのはこのケースです。
ただし、正当な理由なき解任を行った場合は、解任された取締役の被った損害を会社側が賠償する責を負うことになります。正当な理由とは、前述の善管注意義務違反をはじめ、不正行為、職務怠慢、経営判断の誤りから会社に多額の損失を与えるなどがあった場合とされます。
 

3. 退任・辞任・解任の背後に潜むリスクとは

ここまではそれぞれの意味を淡々と解説してきましたが、取締役を辞める・辞めさせることの裏には様々な問題が内在しており、その企業と取り引きをするに際してもリスクとなる可能性も生じます。
本章では退任・辞任・解任の裏側に潜む問題にどのようなケースがあるのかを解説します。
 

3-1. 退任で想定されるリスク

退任の場合、任期満了での解職ですからあまりリスクは無さそうですが、深読みをしてその他で得られる情報を加味すると、その会社の信用度を疑うべき状況が透けて見えてきます。
その一つのケースは、代表取締役や取締役が1期のみでの退任が多く重任されていないというものです。
昨今事業の回転は非常に速いスピード感を求められていますから、その事業の展開に合わせて取締役の入れ替わりが短いサイクルになることは考えられます。一方で、代表取締役や取締役が1期毎に次々に交代されているならば、「事業が利益を生み出していない」「組織が円滑に運営されていない」などの状況から交代させざるを得ない事態に陥っている可能性があります。
 

3-2. 辞任で想定されるリスク

社内の昇格にしても外部からの招聘にしても企業における取締役の人選は、管掌する事業や管理する組織運営において非常に重要なファクターです。基本的には任期 (通常2年) を全うしてもらうことを前提に就任させることになるはずです。しかし、その取締役が辞任という形で任期の途中で辞めているとすればどのようなことが想定されるでしょうか。
 

3-2-1. 経営者との確執、価値観の相違が埋めがたく自ら辞める

辞任の原因がこうしたことにあれば、経営者の人を見る目や資質、信頼して仕事を任せる忍耐力などを疑ってみる必要があるかもしれません。
重任されずに1期で退任する取締役が多いケースも同様のことが懸念されます。
 

3-2-2. 会社が期待した成果を出せず辞任に追い込まれる

こちらは辞任する取締役の能力・資質の問題です。
取締役に任命されるということは、一つの事業の舵取りを任され成果を上げることを期待されるのですから、組織をまとめられない、先を読めずに突き進み損失を出す、プロジェクトの進行が遅いなどがあれば、その管掌責任者の首を挿げ替えざるを得ないこともあります。
裏を返せば、その会社の人材不足の表れである可能性も思料されます。
 

3-2-3. 他社から引き抜きされてしまう

これはいわゆる人材の流出です。取締役として担当事業を成功させパブリシティなど含めて露出度が上がれば、外部から有望な人材を引き抜こうとする企業や人材紹介会社のターゲットとなります。そしてより高い報酬、よりよい待遇での誘いを受けた時にその取締役が残る選択をするのかどうか。そこで残留することを選んでくれないとすれば、この会社は待遇面で他社に劣るとか、経営者への信頼感が欠如しているとか、経営陣が一枚岩ではない状態が想起されます。取引先・提携先としてのリスクを測る際の一つのファクターとなるでしょう。
 

3-2-4. 実質的には解任なのに辞任と登記されている

登記上の「辞任」には、額面通り受け取れない事情が潜んでいることがあります。企業にとって取締役の解任を衆目に晒してしまうことは社会的信用の毀損に繋がりかねないため、本来であれば「解任」であるべきところを「辞任」として登記するケースがあるのです。これはその企業の裏事情であるため、表向きはなかなか露見しません。当社が依頼される調査の取材で、関係者や当事者から裏話としてこうした事情が判明し報告されることが時々あります。
 

3-3. 解任で想定されるリスク

商業法人登記に「解任」とされているならば、何らかの事件があったと見るべきです。不法行為や職務怠慢など一方的に「クビ」にせざるを得ない行為があったとか、本人には継続の意思があっても健康面で続けさせるわけにいかないとか幾つかのケースが想起されます。また代表取締役の解任があればその事態は重大で、本人だけの問題ではなく派閥抗争やクーデターなどの可能性も考えられます。
下記の中で1項は正当な解任理由として認められており、2項は解任理由として認められないケースもありリスクを孕むグレー、3・4項は解任された取締役から提訴されるなど確実に禍根を残し問題となります。
 

3-3-1. 職務遂行上の違反や不法行為

取締役に不法行為、背任行為、職務怠慢など会社法に定める善管注意義務違反が明らかであれば、これは正当な理由として認められ解任をすることができます。
解任される取締役の犯した行為が会社に対して甚大な被害をもたらしたり、名誉・信用の毀損に繋がったりしている場合は、その企業との取引きにもリスクが潜在すると見なければなりません。
その取締役の解任理由を掌握しておくことはリスクヘッジの一手となります。
 

3-3-2. 経営能力の欠如/継続困難と見なされる病気や怪我

経営能力の優劣や健康状態は解任理由として正当かどうかは微妙です。委任契約において管掌事業における数値目標やその他職務執行における諸条件を明確に定めておければ問題にならないことも、事前に決められないことが多いのが現実です。辞めさせたい取締役としっかりコミュニケーションを取り双方納得の上で辞任してもらう方向に導ければベターですが、合意を得ることなく強引に解任へと事を運んだ場合は職を解かれた取締役から訴えられるリスクが生じます。こうした役員人事に関するゴタゴタを抱えた企業は、組織面での脆弱性や人材不足が生じている可能性もありますから、不安要素としてチェックしておいた方が良いでしょう。
 

3-3-3. 派閥抗争による追い落とし

もし代表取締役の電撃的な解任の裏に役員間の勢力争いや創業家の派閥抗争などがあれば、その企業との取引きや提携には大きなリスクが潜んでいると見なければなりません。その企業全体が大きなシーソーに乗せられて右へ左へと大きく変化してしまう恐れがあり、商品やサービスの安定的な供給にも支障を来たすこともあるかもしれません。主要取引先のキーマンの動向や役員人事、組織変更などには常に注意を払いその企業の事業の安定性に気を配る必要があります。
 

3-3-4. 恣意的な株主提案

上場企業で株主提案による代表者や取締役の解任があった場合、前項のような派閥抗争からの多数派工作によるケースもあり得ますが、さらに危険な状況が想起される反市場勢力による乗っ取り工作の可能性も視野に入れなければなりません。企業が反市場勢力の乗っ取りに遭ってしまった場合、事業内容が突然まったく違うものに変更されてしまったり、箱モノとして扱われて実態のない事業計画が発表されるなどして信用が毀損し、その企業と付き合っていること自体がリスクとなる可能性も生じます。

※企業の乗っ取りに関する記事はこちらを参照ください。
【会社が乗っ取りに?特殊株主の襲来も?今 株主の属性調査が必要な理由】
 

4. まとめ

解説してきましたように企業の取締役の辞任・解任には大なり小なり何らかの問題が生じており、その問題は当該企業と付き合う上でリスクをともなう落とし穴である可能性があります。
取引先・提携先を精査し信用状態を測るファクターとして、その企業の役員人事の状況確認・掌握を加えることをおすすめします。
代表取締役や取締役の解任の裏事情は千差万別ですが、最後に当社が調査したある同族経営企業の内紛から生じた解任劇の事例をご紹介します。
 

5.【実録】調査員は見た ~内紛劇から生じた代表解任とその裏側~

この事例紹介は、実際に調査したケースをベースに再編したものです。
法人名・人物名は全て仮称、仮名にて作成、年月日は架空にて設定しています。

健康食品製造G社ならびにグループ会社を巡る内紛劇は平成25年6月、創業者 戸田和男氏 (以下、和男氏) の逝去にはじまった。
和男氏はG社の親会社(当時)T社の発行株式3万株の内、2万4千株(約80%)を所有していた。
和男氏の死後、株式を含めた財産の相続を家族内で協議したところ、和男氏の長男でG社代表取締役の戸田良一氏 (以下、良一氏) が母親 (和男氏の妻) の佐和子氏、妹の鈴木美智子氏 (以下、鈴木氏) と激しく対立。相続絡みのゴタゴタが勃発した。
以下、時系列で戸田家の内紛を触れる。

平成25年 6月2日
T社代表取締役会長、G社取締役会長 和男氏が死去

平成25年 6月以後
故 和男氏の妻 佐和子氏、長女 鈴木氏が遺産相続を巡り長男 良一氏と対立

平成26年 8月10日
良一氏が目黒区八雲の実家から港区赤坂に転居、理由は母親による会社経営への過度な干渉

平成28年 9月17日
良一氏がT社、G社代表取締役社長を退任、戸田美恵子氏(良一氏の妻)がG社取締役を解任
鈴木氏がT社、G社代表取締役に就任

平成28年 9月29日
良一氏がG社代表取締役に再就任

平成28年 11月20日
鈴木氏がT社およびG社代表取締役を辞任
良一氏がT社代表取締役社長に再就任

平成29年 4月25日
T社が東京地方裁判所より破産手続開始決定を受けたことで、G社の全株式がT社に譲渡

平成29年 11月30日
T社の東京地方裁判所による破産手続が終結
 

和男氏の死後、G社の経営権は代表取締役社長の良一氏が掌握した。
しかし、良一氏は相続財産を巡り、母親の佐和子氏、妹の鈴木氏と不仲となる。
戸田家の関係筋によると「和男氏の生前から不協和音は燻っていたが、良一氏の高圧的な態度に母親、妹が反旗を翻した。和男氏に代わり大株主になったことで、母親と妹は会社運営に口出しを始め、それに嫌気がさした良一氏は長年住み慣れた実家を飛び出た」と述べる。

その後、約2年間、戸田家は小康状態を保つが、平成28年9月17日、大きな出来事が起こる。良一氏がT社およびG社の代表取締役社長を退任、戸田美恵子氏 (良一氏の妻) がG社取締役を解任となる。
そして、鈴木氏がT社およびG社の代表取締役に就任、鈴木氏には会社経営のキャリアがなく、突然の代表交代に取引先などは驚愕したとされる。
混迷はなお続き、僅か12日後の同月29日、良一氏がG社の代表取締役社長に再就任した。

同業の食品製造会社は「10年以上、社長を務めた良一氏を追い落とし、経営経験の無い鈴木氏をトップに据えるなど、明らかに社内が揉めていた。その上、2週間も経ぬうち、良一氏が社長に復帰した。コーポレートガバナンスが正常に機能していないことが露呈した」とコメントする。

一方、良一氏は主要取引先などに対して
「相続のゴタゴタで自身の了承を得ず、母親と妹が勝手に登記変更した」と釈明するにいたる。
約2ヵ月後の同年11月20日、鈴木氏がT社およびG社の代表取締役を辞任、良一氏がT社の代表取締役社長に再就任し、以前の状態に回帰する。この間、良一氏と佐和子氏、鈴木氏は弁護士を介して事態の収拾を協議し、両者間の合意が得られたものとみられる。

翌平成29年4月25日、T社は東京地方裁判所において破産手続を開始した。
良一氏は佐和子氏や鈴木氏が株主となっているT社が当社の親会社では、コーポレートガバナンスの確立が困難と判断し、同社を計画的に破産させた。
そして、破産手続に基づき良一氏が代表取締役を務める別会社U社に当社株式を譲渡した。U社は良一氏が株主の資産管理会社である。
平成29年11月30日、東京地方裁判所におけるT社の破産手続は終結した。
このように、同社の破産は経済的な事情からではなく、良一氏が佐和子氏、鈴木氏による当社ならびにグループ会社への経営干渉を回避するための策略であった。

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