不正糾弾か身の破滅か?!内部通報者がおさえておきたいリスクと対処法

2022/09/29

内部通報

掲載日:2018/09/10 更新日:2022/09/29

内部通報 (公益通報) とは、事業者が法令違反行為等をしている、またはする恐れがある事を知った労働者などが、事業者内部または外部の通報窓口に通報する事を言います。通報者に対し事業者が通報をしたことを理由として不利益な取り扱いを行うことから保護する「公益通報者保護法」が平成16年に成立・公布され、平成18年4月1日に施行されました。通報者に対し、事業者が通報をしたことを理由として不利益な取り扱いをすることを禁じることにより、事業者の法令遵守を図り、その結果、国民生活の安定および、社会経済の健全な発展に資することをその趣旨としています。しかしながら、同法の施行後も、事業者が内部通報に適切に対応しない事案や、通報者の保護が十分に図られていない事象が生じたことから、事業者における内部通報への適切な対応を確保し、通報者の保護が図られるよう、改正がなされ、令和4年6月1日に施行されました。

この記事をお読みのあなたも、もしかしたら社内の組織的な不正に巻き込まれてモヤモヤした日々を過ごしておられるかもしれません。あるいは、上司がコソコソと小遣い稼ぎで不正請求しているのを見てしまいムカついているかもしれません。しかし、内部通報というアクションを起こす前に一度立ち止まってクールに現状を分析してみましょう。あなたの置かれている立場によって、不正を糾すためのアクションをすべきか否か、どこに対して、どのように通報すべきかは大きく異なってきます。このコンテンツがその判断の一助になるならば幸いです。(2022/09/29追記)

 
1. 内部通報で不利益な取扱いを受けた典型的な事例

まずは、勇気をもって社内不正を糾そうと内部通報を実行した結果、不利益な取り扱いを受けた通報者の事例を2つご紹介します。

 

日本郵政恫喝事件

令和3年4月5日、郵便局の内規違反を内部通報したことを認めるよう配下の郵便局長に強いたとして、強要未遂罪に問われた地区連絡会 (日本郵便の組織) の元統括局長に対し、懲役1年執行猶予3年の判決が言い渡された。事の発端は平成18年1月、元統括部長は同連絡会に所属する郵便局長A氏が内規違反について内部通報したと疑い、A氏に内部通報したことを認めるよう強要。その際、「(内部通報者に) お前の名前絶対にないね」「(あったら) 辞めるか、断言できるね」などと発言。平成31年3月、日本郵政は「通報者捜し」をしたことについて元統括局長を戒告処分としました。令和2年1月、福岡県警が強要未遂の疑いで書類送検しました。

更に被告は当時、日本郵便九州支社副主幹統括局長も務めており、令和元年10月、連絡会の役員2人とともに、連絡会所属の郵便局長7人から慰謝料を求める訴訟を起こされています。平成30年、原告らは被告の息子である郵便局長の内規違反を指摘する複数の社員からの報告に基づき、日本郵便本社の内部通報窓口に通報した。これに対し、本社からの連絡で通報を知った被告は原告らに対し、「(通報者を) つぶす」などと発言、役職を辞任するよう求めるなど、精神的苦痛を与えたとされています。通報者の一部は地元の郵便局長会を除名されたり、圧迫されて休職したりしたと言います。

日本郵政グループは令和3年9月1日に、内部通報の調査を手掛ける「社外専門チーム」を発足させました。約40人の外部弁護士らで構成し、通報者が希望する場合や役員に関する案件などは、社内とは情報共有せずに独自で調査する。通報者の保護を強め、内部通報ししすい新たな内部通報制度の運用を始めています。(2022/09/29追記)

 

山口健太布勢町税徴収ミス事件

令和2年6月9日、山口県田布勢町で、固定資産税の徴収ミスを内部告発した職員 (A氏)が、異動で1人部屋に配置されていることが判明。A氏は「正しいことをした人間にこういう仕打ちをすれば、他の職員は何も言えなくなると」と主張。

A氏は税務課に所属していた平成30年5月、誤徴収に気づき上司に報告したが対応されなかったとして町議に告発。8月に別部署に移動となり、平成31年4月に一部事務組合に派遣された。令和2年4月1日付での異動先は、町史編纂 (へんさん)室。約30年ぶりに設けられた1人だけの部署に異動。勤務部屋は本庁舎近くの別の建物で、普段は町民に貸し出すこともある公民館の和室。畳を数枚取り外され、机が置かれている。 

令和2年6月17日、田布勢町町長が記者会見し「職員を隔離しようという気持ちは全くなかったが、パワハラと感じさせてしまったことは配慮が足りなかった」と非を一部認め、A氏を1人部屋から複数の職員がいる部署に異動させる考えも明らかにした。(2022/09/29追記)

 
豆知識(過去の典型的な事例を2つご紹介)

①オリンパス事件
オリンパス社のH氏が大手鉄鋼メーカー向けに精密検査システムの販売を担当していた平成19年4月、取引先から機密情報を知る社員を引き抜こうとする社内の動きを知った。H氏は不正競争防止法違反 (営業秘密の侵害) の可能性があると判断し、当初は上司に懸念を伝えたが、聞き入れられなかったため、この件を、同年6月にオリンパス社内に設置されている「コンプライアンスヘルプライン室」に通報した。その後、窓口担当者から通報内容がその上司と人事部に伝わり、以後3回にもわたって配置転換され、H氏が配置転換の無効の確認と会社・上司に対する損害賠償請求を求め提訴した。
一審は、H氏の訴えを認めなかったが、二審の東京高裁は、通報に対する反感を原因とする不合理な配置転換と認め、H氏を逆転勝訴させ、最高裁は、会社側の上告を棄却し (平成24年6月28日最高裁決定)、H氏の勝訴が確定した。
しかし、オリンパス社は最高裁の決定後もH氏の希望する営業部署には戻すことなく報復的な人事配転を行う。H氏は名誉回復を求め再び提訴に踏み切り、平成28年2月、オリンパス社との和解に至った。

 

②千葉県がんセンター事件
千葉県がんセンター勤務の麻酔科医のS氏が、同センターで常態化していた歯科医師の麻酔科研修が厚生労働省のガイドラインどおりに実施されていないことに懸念を抱いていた。
このことが誘引となった医療事故をきっかけに「このままでは患者の安全にかかわる」と確信して、直属の上司を外してセンター長に通報したのが平成22年春のこと。
しかし、取り合ってくれないどころか、それまでの業務 (手術時の麻酔施術) がまったく与えられなくなり、後には遠隔地の病院への配転が命ぜられ、通勤が困難なことから退職せざるをえなくなった。
医師としての義務感と自分の身分回復のために、次の手として千葉県病院局長に通報メールを送ったものの受理も調査もされず、最後の手段と厚生労働省に同じメールを送った。
しかし、返ってきた回答は非情なものだった。(1) 平成22年9月末に退職し、千葉県がんセンターの「労働者」ではないので、公益通報者保護法に基づく「公益通報」の要件にはあてはまらない、(2) 千葉県がんセンターの事例なので、千葉県に相談すべき
通報に関する万策尽きたS氏は県を相手取り、報復を受けて退職を余儀なくさせられた慰謝料請求の訴えを起こし平成26年5月高裁にて結審、原告に対する報復意図のある不利益取扱いであると認められた。

 
2. 内部通報制度の現状
2-1. 民間事業者における制度導入状況

平成28年度の消費者庁の調査によれば、回答した3471事業者のうち1607事業者 (46%) が内部通報制度を導入していました。特に従業員3千人超の事業者の99%が導入済みでした。導入済みの事業者の60% (従業員3千人超の事業者では77%) は社内と社外の双方に窓口を持っていました。一方、中小の事業者 (300人以下) での制度導入は約26%に留まり、50人以下の小企業に至っては約10%しかありません。中小企業では誰もが内部通報を行える環境とはとても言い難い状況であることが分かります。

 
内部通報制度の導入率
内部通報制度の導入率

※令和2年6月に「公益通報者保護法」が改正され、内部通報に適切に対応する為に必要な体制の整備が義務付けられました (公益通報者保護法11条)。ただし、中小事業者 (従業員が300人以下) は努力義務にとどまります (同法11条3項)。(2022/09/29追記)

 
2-2. 通報の件数

内部通報制度を導入している民間事業者の中で、1年間の通報件数が1件も無かったのは大企業では4%であったの対して、中小企業では66%に及んでいます。従業員数や事業規模・範囲などが大きければ大きいほど不正や法令違反が発生するファクターが多くなることは間違いないことでしょう。しかし、逆に組織が小さくなればなるほど、通報者の匿名性が担保されず露見する確率が高くなることも想像に難くありません。この数値のギャップは、中小企業においては安心して内部通報をすることができる環境がまだまだ整っていないことの表れではないかと思われます。

 
内部通報件数
内部通報件数
 
2-3. 通報者への不利益取扱いの実態

これも消費者庁の平成28年の調査で、労働者に対する公益通報者制度への意識調査の結果ですが、内部通報制度を利用した63人に対するアンケートで、通報・相談をした結果、不利益な取り扱いを受けたとの回答数が19%に及んでおり、その他の嫌がらせや解雇などの回答を合わせるとその回答数は30件を数えます。これは内部通報制度が充分に機能せず通報者の身分・権利が守られていない実態を反映した調査結果と言えるでしょう。

 
通報・相談を理由として不利益扱いの経験
通報・相談を理由として不利益扱いの経験
 
3. 公益通報者保護法のおさらい

これを読まれているあなたは、【内部通報制度=公益通報者保護法】と勘違いをしていないでしょうか?同法が我が身を守ってくれると過信したりしていないでしょうか?この章では公益通報者保護法が適用される範囲や条件をおさらいします。

 
3-1. 公益通報者保護法で公益通報事実とされる要件

管轄官庁である消費者庁のホームページには、公益通報となるために必要な事項として、「労働者他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく、その事業者 (労務提供先) 又は当該労務提供先の事業に従事する場合におけるその役員、従業員、代理人その他の者について、信ずるに足りる相当の理由がある通報の対象となる法令違反が生じ、又はまさに生じようとしている旨を通報する場合です。」としています。

 
3-1-1. 労働者であること

その事業者の労働者であることが定められています。
この場合の労働者には正社員、派遣労働者、アルバイト、パートタイマーなどが含まれます。

【補足】
令和2年6月に「公益通報者保護法」が改正され、通報者の対象を拡大しています。
・「労働者であった者」と「派遣労働者であった者」のうち、退職後1年以内、派遣労働終了から1年以内の者
・取引先事業者の労働者(派遣労働者を含む)や退職者(1年以内)。
 「取引事業者」は請負契約の相手方事業者のほか、卸売業者などとの継続的な物品納入契約、清掃業者などとの継続的な役務提供契約、コンサルティング会社などとの継続的な顧問契約などの相手方事業者もこれにあたります。
・役員(取締役、監査役などの法人の経営に従事するもの)。
 契約に基づき事業を行う場合に、その事業に従事する取引先事業者の役員。

(2022/09/29追記)

 
3-1-2. 不正が目的でないこと

通報を手段として金品を授受するなど不正な利益を得るための目的、事業者の従業者など他人に対して財産上の損害・信用の失墜などの損害を加える目的のほか、公序良俗や信義則に反する目的など社会通念上違法性が高い通報は公益通報事実としては認められません。

 
3-1-3. 通報の対象となる法令違反とは

個人の生命又は身体の保護、消費者の利益の擁護、環境の保全、公正な競争の確保その他の国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法律として法律及び政令で定められた494本の法律の規定に基づく犯罪行為の事実又は当該犯罪行為と関連する法令違反、過料の理由とされている事実が対象となります。
具体的には、①罰金や懲役等の刑罰に処せられる「犯罪行為」、②行政機関による「指示」(→(指示違反))→「命令」(→(命令違反))等の後、刑罰に至る「犯罪行為につながる法令違反」です。

※法人の内部管理にかかわる法律 (各種独立行政法人設置法等)、各種事業の進行や促進のための法律 (農業振興地域の整備に関する法律等) 等の違反は通報の対象にあたらない。(2022/09/29追記)

 
3-1-4. 信ずるに足りる相当の理由

通報の事案について単なる伝聞等ではなく、通報事実を裏付けると思われる内部資料等の証拠を有する場合など、相当の根拠を有する場合です。
こうした証拠を収集することは、一般労働者や派遣社員にとってはかなりハードルが高いことで、こうした要件を満たさずに通報・告発することで通報者が立場を危うくしてしまう事案は後を絶ちません。

 
3-1-5. まさに生じようとしている とは

通報対象事実が発生する危険性が極めて高い、あるいは蓋然性が高いことを指しますが、単純に時間が切迫しているというのではなく、発生するまでは時間はあるが、いつ、どこで、誰が、何を行う等が確定しているのであれば「まさに生じようとしている」に含まれることになります。

 
3-2. どこに通報するのか

これも同法では明確に規定されています。

 
3-2-1. 役務提供先(事業者)または役務提供先があらかじめ定めた者

通報者の勤務する事業者への通報が基本となっています。これには、勤務先が指定した親会社の総務部、弁護士事務所、労働組合など社外通報窓口などを含みます。
派遣先の通報対象事実については派遣先、取引先の通報対象事実については取引先となります。

 
3-2-2. 行政機関(監督官庁)

真実性を裏付ける相応の証拠など、客観的に見て合理的な理由がなければ通報は受理されない可能性もあり、保護の対象とはなりません。どの官庁に通報するべきかについては、法律上は「処分若しくは勧告等をする権限を有する行政機関」となっていますが、どの省庁が監督官庁なのか分からないことが多いと思われます。その場合に備えて、行政官庁側では、どの行政官庁が監督官庁なのか教える義務があるとされていますので、最終的には正しい行政機関に通報できる体制になっています。また、消費者庁のホームページには「公益通報の通報先・相談先 行政機関検索」というページがあり、通報しようとしている事案がどの法律に抵触しどこの行政機関が担当であるかを検索する事ができます。通報内容の具体性によってはたらい回しにされる危険性はあります。

【補足】
令和2年6月に「公益通報者保護法」が改正され、保護対象の要件が緩和されました。
通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料し、公益通報対象事実等を記載した書面を提出する場合、保護の対象となります。(
2022/09/29追記)

 
3-2-3. その他事業者外部の適切な通報先

報道機関、マスコミ、消費者団体、労働組合などの外部組織に通報する場合は、行政機関などへの通報に比べ、さらに保護の対象となる要件が加えられより厳しいものとなっています。
通報対象事実が生じ、またはまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由がある場合に加え、6つの要件 (令和2年6月に「公益通報者保護法」が改正され、要件が緩和されました。) のうちいずれかを満たす必要があります。

①事業者内部や行政機関に通報すると、不利益な取り扱いを受けると信ずるに足りる相当な理由があること
(例)以前、同僚が内部通報したところ、それを理由として解雇された例がある場合

②内部通報すると、証拠隠滅、偽造・変造されるおそれがあると信ずるに足りる相当の理由がある場合
(例)事業者ぐるみで法令違反が行われている場合

③事業者内部で通報をすれば、通報者について知りえた事項を、通報者を特定させるものであると知りながら正当な理由がなくて漏らすと信ずるに足りる相当の理由がある場合
(例)以前、同僚が内部通報したところ、通報受付担当者が社内全員に通報者名を周知したことがあったが、適切な再発防止策がとられていない場合

④事業提供者から事業提供者等又は行政機関に通報をしないことを正当な理由がなくて要求されたこと
(例)誰にも言わないよう上司から口止めされた

⑤事業者内部で通報して20日を経過しても、正当な理由がなく調査を行う旨の通知、あるいは実施がなされない場合
(例)勤務先に書面で通報して20日を経過しても何の連絡もない場合

⑥生命、身体に関する危害が発生する急迫した危険があると信ずるに足る相当の理由がある場合
(例)安全規制に違反して健康被害が発生する緊迫した危険のある食品が消費者に販売されている場合
(2022/09/29追記)

なお、競業他社や暴力団等の反社会的勢力へ通報することは禁止されています。

 
3-3. 同法が定める保護の内容

同法が定める保護の内容は『解雇の無効』『不利益取扱いの禁止』『労働者派遣契約の解除の無効』のみです。これらに該当しない微妙な圧力や嫌がらせ、ハラスメントなど、不利益取扱いであることが立証できる明確な根拠のない行為は保護の内容にならない可能性があります。

 
3-4. 同法には事業者側に対する罰則規定が無いという現実

内部通報や告発により事業者の不正が問い質されるとき、調査が進めば進むほど通報者が特定されてしまう可能性が高まります。その通報内容が事業者の経営に深く関わる場合や、経営層の人物に関する場合などですと事業者による報復行動が発生することがしばしば報告されています。具体的には報復人事で閑職に仕向けたり、別の理由を付けて退職に追いやるなど、通報者の身分・立場に関わる不利益取扱いが行われます。しかし、2018年夏現在、同法にはこうした通報者に対する報復行動への罰則規定がありません。

このため、不正は糾されて事業者が間違いを認めても通報者への不利益取扱いを止めないという問題が起こっています。識者の間で、この法律は「ザル法だ」と言われる所以はここにあります。

【補足】
令和2年6月に「公益通報者保護法」が改正され、公益通報対応業務に従事している担当者、または過去に従事していた担当者に対して、通報者を「特定させる」情報を漏らしてはならないという守秘義務が課されました (改正法12条)。
そして、守秘義務に違反した場合、30万円以下の罰金が科されることになりました (改正法21条)。
また、内部通報により企業に損害が生じた場合、通報者の免責が規定されていなかった為、企業から損害賠償請求をされることを恐れて通報に躊躇するケースもありました。
そこで、事業者が内部通報によって損害を受けたとしても、通報者に対して損害賠償請求をすることは出来ないと明確に規定されました。(改正法7条)

(2022/09/29追記)

 
4. 通報者個人に生じる不条理なリスク

2章でおさらいした通り、公益通報者保護法で通報者が保護されるための要件は意外と厳格で狭いのです。かたや、民間事業者の内部通報規程などでは法令違反行為等に加えて社内規則・企業倫理違反行為も通報内容に加えているのが通例となっており、法令違反以外の通報内容に対する対応が問題となることも頻繁にあります。このことを踏まえて、内部通報を実行すると自分の身にどんなリスクが発生するのか?考察してみたいと思います。

 
4-1. 不明確な内部通報制度の規程・運用ルールが招くたらい回しや黙殺

社内のどこに通報するのか?
通報する手続き・方法は?
匿名性は担保されるのか?
タイムラインのルールはあるのか?

など通報制度を利用する労働者側の立場を配慮した規程・ルールが決まっておらず、周知もされていないとすれば、その制度は名ばかりのものと言わざるを得ません。こうした環境では、窓口が一本化されておらずたらい回しにあったり、通報が正式に受理されずいつの間にかうやむやになる、などの状況が発生するリスクが高くなります。このような事業者への通報は避けた方が無難でしょう。

 
4-2. 事業者が設置する社外通報窓口が無いための通報者の露見

社外の、しかも顧問弁護士でない第三者機関に相談窓口 (ヘルプライン・ホットライン等) を設置していれば、内部通報に対して事業者当事者だけでない客観的な判断がされて、事業者の通報者に対する暴走行為に歯止めがかけられる可能性が高まります。内部通報制度はあるものの、社外の窓口が無いとすれば、事業者は中立・公正な判断を欠き通報事案への対応を怠ってしまうケースも生じます。仮に通報事実に対する調査に着手されたとしても、調査が進むにつれ通報者象が具体化して炙り出されてしまい匿名性が崩れるリスクが生じます。

 
4-3. 会社・組織ぐるみの不正だった場合の恐怖
内部通報-4
内部通報-4

三菱マテリアル子会社の品質データ改ざん問題、スルガ銀行の不正融資問題、東芝の不正会計問題など大手有名企業の不正が横行していますが、現場で改ざんや不正に手を染めている人間にはあまり罪の意識が無く、その管掌役員や管理者もそれを正当化して黙認したり、積極的に隠したりしています。
このような状況で内部通報を行うとどうなるのでしょうか?その会社にとっての事案の重大性から、通報窓口の部署は客観的な判断を回避し確実に経営に情報を上げることになります。
こうなれば通報者の匿名性の担保はおろか、身分は風前の灯になることは十分に考えられます。

 
4-4. 通報者の個人的な思惑と曲解されるおそれ

通報対象が個人の場合 (それも上司である場合は特に)、通報事実に関する確実・客観的な証拠を揃えた上で通報しないと、窓口部署はその通報に対して個人的な遺恨で上司を貶めようという意図への疑いを持ちます。証拠がなければ調査まで進められることなくうやむやにされるか、最悪の場合被通報者に情報がもたらされ、不当な取り扱いを受けるような状況を招きかねません。特にハラスメント系の通報の場合はその境界線が曖昧なだけに、通報者に災禍が跳ね返ってくる可能性が高いです。通報対象者とのやりとりが通報の原因になるのであれば、最低でもEメールや会話の録音などハラスメントを証明できる証拠は残しておくべきです。

 
4-5. 「会社の利益」と「通報者」は天秤にかけられる
内部通報-5
内部通報-5
 

平成28年12月に制定された民間事業者向けガイドライン(*)には、経営トップの責務として「利益追求と企業倫理が衝突した場合には企業倫理を優先するべきこと」とあります。
この方針が役員全員に浸透し通報対応部署の判断やアクションにもしっかりと反映されていれば、通報者の身分は守られるでしょう。
(*公益通報者保護法に関する民間事業者向けガイドライン・・消費者庁 平成28年12月制定)
しかし、現在後を絶たない不正発覚のニュースを見れば分かるように、企業倫理が優先されているとは言えない事件が沢山あります。

・企業の屋台骨を揺るがすような不祥事だったら・・・
・巨額の損失を生む不具合の隠ぺいだったら・・・
・会社を背負って立つ役員の不正だったら・・・

企業の利益と通報者は必ずや天秤に掛けられることになるでしょう。

 
5. 内部通報制度の機能に期待できない時は外部機関に通報する

公益通報のうち事業者 (社外窓口含む) への通報ではなく、『行政機関』や『マスコミなど』に通報することを内部告発といいます。「過去に社員の通報が握り潰されたケースがあった」、「社内の通報窓口では取り合ってくれそうにない」、「組織が小さすぎて誰が通報したのかはすぐに知れ渡ってしまいそうだ」などの難しい状況があり、しかし知ってしまった問題は解決させなければならないような場合はこの二つの外部の通報先を選択することになります。

 
5-1. 行政機関
内部通報-6
内部通報-6
 

行政機関への告発の場合、該当する法令の違反に関するものになるため、その監督官庁の動きは会社を告発する色合いは薄れ、あくまでも違法行為を糾す方向のアクションが主体となります。2章でも書きましたように、真実性を裏付ける相応の証拠など、客観的に見て合理的な理由がなければ公益通報者保護法での保護の対象にならないことは理解しておく必要があるでしょう。※令和2年6月に「公益通報者保護法」が改正され、保護対象の要件が緩和されました。通報対象事実が生じ、生じようとしていると思料し、氏名や通報対象事実の内容を記載した書面を提出する場合、保護の対象となります。
また、告発事案の不正が糾され事業者が違法性を認めたり行政指導されたりしても、公益通報者保護法に罰則規定がないことから様々な手を使って通報者への報復的措置に動くことも想定しておかなければなりません。※令和2年6月に「公益通報者保護法」が改正され、事業者が内部通報によって損害を受けたとしても、通報者に対して損害賠償請求をすることは出来ないと明確に規定されました。
(2022/09/29追記)

 
5-2. マスコミ・報道機関
内部通報-7
内部通報-7
 

2章 (2-3項) でご紹介したように、マスコミ・報道機関などへの通報の場合、公益通報者保護法はさらに厳しい条件を課しています。また、民間報道機関は報道の価値が認められなければその告発を取り上げない可能性が高いです。例えば、従業員100人の部品メーカーでの違法行為など、余程の話題性でもない限り紙面を割いて取り上げることはないでしょう。大手上場企業やBtoC商材の有名企業、急成長産業のベンチャー企業など、商売の種にならなければ取り合ってはくれないのです。

 
6. まとめ

平成30年2月「政府は不正を告発した内部通報者を報復的に解雇したり異動させたりした企業に、行政措置や刑事罰を科す検討に入った。」と新聞で報じられました。現行の公益通報者保護法は企業が通報者に不利益を与える行為を禁じてはいるものの、実際には民事裁判で解決するしかなく実効性が乏しいという現実をようやく認めて、法改正の方針を打ち出したようです。平成31年1月の通常国会へ改正案を提出することを目指すとの情報もあります。このスケジュール感からすると同法の改正が施行されるのは2年後辺りになるでしょうか。ただ、この罰則規定が施行されたとしても、あくまでも公益通報と認められた事案が対象であって、民間事業者での内部通報制度の運用すべてに適用されるわけではありません。内部通報者の不遇の時代はまだしばらくは続きそうです。

令和2年6月に公布された公益通報者保護法の改正が、令和4年6月1日に施行されました。
改正により、事業者等の導入義務 (①体制整備等措置義務等、②従事者の守秘義務)、外部通報の保護要件の緩和 (①行政機関への通報、②報道機関、マスコミ等への通報)、保護対象の拡大 (①通報者の範囲拡大 (退職者、役員含む)、②通報対象事実の拡大 (行政罰の対象を含む)、③保護内容の拡大 (通報者への損害賠償責任の免除)) など、公益通報という勇気ある行動に対して、不利益な扱いが行われ新たな被害者の発生を予防し、通報者が安心して通報を行いやすく、また保護されやすい法改正となりました。
(2022/09/29追記)

最後に、通報した際のリスクを少しでも軽減するための心得を整理しておきましょう。
①社外通報(相談)窓口が無い場合、事業者への内部通報は避ける。
⇒ 
まずは第三者たる弁護士に相談

②遺恨による個人攻撃と取られるような通報はしない。

③違法行為の場合、できる限り立証できるような証拠を集める。
⇒ 
Eメールやドキュメントの写し、会話の録音、動画、画像など

④組織的な不正の場合は内部通報 (社外通報窓口含め) を避ける。
⇒ 
行政機関・報道機関への告発を検討する。 

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