ベンチャー相手のM&Aで必須となるキーパーソンの人物調査

2019/04/23

人物調査
                               
ベンチャー企業相手のM&Aで不可欠なもの

 ベンチャー企業と取引する上で、把握しておくべき重要な情報は何でしょうか。

 一般的な取引においても調べる財務・資産状況、主要取引先、反社会的勢力との関係などは当然として、ベンチャー企業の場合は経営者の人物像、株主構成、事業コンセプト、保有する知的財産などは、特に重要な調査事項となります。

 さらに、単なる取引ではなく、「買収」や「事業提携」といった深い関係を築いていく場合に最も重要となるのは、「キーパーソンは誰で、どのような人物か」を把握することです。

 というのも、一般的な企業においては、ある重要なポジションの人材がいなくなっても、それだけで事業が行き詰まってしまうことは多くありません。しかし、ベンチャー企業の場合、キーパーソン1人のスキルや経験によって事業が支えられていることも珍しくないからです。

 そこで今回は、2つのケースを紹介します。

 
イケイケの副社長につきまとう怪しい影

 買収・事業提携候補先の調査を依頼してきたのは、設立30年、従業員数百人の中堅機械メーカーで、ITや機械関連の先端技術の取り込みを成長戦略に掲げるA社です。自社内での成長や事業拡大に限界を感じ、経営戦略室が中心となって、数社のベンチャー企業を買収してきました。現在も積極的に買収や事業提携を模索しています。

 そんなA社の担当者は、経営戦略室のB室長と総務担当取締役のC常務です。

B室長 「今回調べていただきたいのは、WEB広告や通信販売サイトを手掛けるIT系ベンチャーのX社です」

C常務 「うちはコンシューマー向けの機械販売もやっていて、売り上げ全体の3割強を占めるんだが、さらに伸ばしていこうと考えているんだ。そのためにホームセンターなんかの店舗販売だけでなく、ネット通販による直販体制を整備しようという話になってね」

B室長 「アマゾンなどのECプラットフォームで売ろうかという話もあったのですが、競合他社が自社通販サイトでかなり売り上げを伸ばしているという情報が業界内でうわさになっていて、それなら当社もサイトを立ち上げようとなったのです。

 ただ、社内にはECサイトに関する経験を持つ者はいません。一から部署を立ち上げるのではスピード感がないので、M&Aコンサル会社に買収候補先の選定を依頼してX社を紹介されました」

 B室長は、会議室のプロジェクターにX社のホームページを投影し、X社の概要を説明してくれました。

トクチョー 「X社はECサイトの企画・デザイン、インバウンドのコールセンターの管理などが得意のようですね」

C常務 「X社のD社長は、ベンチャー企業のオーナー社長にありがちなギラギラ感もなくて、とても落ち着いた紳士という感じなんだ。あまり専門知識があるようには見えなかったが、たぶん当社の社長も安心して取引できると思うだろう。問題は…」

 B室長がX社ホームページに掲載されている、顔写真つきの役員一覧を表示しました。

トクチョー 「もしかして、副社長のE氏でしょうか?」

 40代前半というE副社長の顔は浅黒く日に焼け、逆立てた茶髪に整いすぎた眉、スーツは存在感の強いチョークストライプというイケイケな印象です。

B室長 「やはり気になりますよね」

C常務 「これじゃあまるで六本木にいそうな半グレだよ」

トクチョー 「たしかに印象深いですね。私も毎日のように調査対象者の顔写真を見ていますが、何か感じるものがあります」

C常務 「私も30年以上総務人事でやってきているからね。いろんな人を見てきたけど、第六感で行ってはいけないって分かるんだ」

B室長 「とはいえE副社長は代表権もありませんし、株主でもありません。オーナー社長のD氏が問題なければ大丈夫だという考え方もあります。ただ…」

トクチョー 「調査はしておきたいということですね?」

B室長 「そうです。X社に提出してもらった財務書類を見る限り、業績は全く問題ありません。懸念事項は、E副社長がX社でどれだけ重要な役割を担っていて、どのような人物かということです」

C常務 「特に反社(反社会的勢力)との関わりがないかどうかは、うわさのようなものであっても見過ごさないでもらいたい」

 
気づかれないよう間接的な内偵調査

 早速、調査対象であるX社やE氏に気づかれないよう細心の注意を払いながら、Eがほかに会社を経営していないか、居住する物件はどうか、そして取引先や周辺からの評判はどうかといった「内偵調査」を間接的に行いました。

 数週間にわたる調査は、C常務とB室長が懸念した通りの結果となりました。

トクチョー 「残念ながらC常務の勘が当たってしまいしました。E氏はX社とは別法人Pの代表取締役として、新宿と渋谷で飲食店を2件経営していました。どちらも、居酒屋というよりガールズバーです」

C常務 「トラブルとかは?」

トクチョー 「近隣住民の方や周辺店舗からの情報収集では、特にトラブルはないようでした。ただ、新宿の店舗には毎月数回、運転手つきのアルファードで、その筋らしき人物が来店するという情報がありました」

 
集団暴行事件での逮捕が判明し買収は取りやめに

B室長 「実際のところ、反社会的勢力と付き合いはあるのでしょうか」

トクチョー 「確たる情報は出てきませんでした。店舗の運営は各店に支配人を置いて任せ、E氏は月に数回しか来ないようです」

B室長 「飲食店Pの出資者や株主はどうですか?」

トクチョー 「E氏が100%株主ですが、資金はD社長が個人で提供したようです。飲食店立ち上げと同時期に、E氏の自宅マンションに対して2000万円の抵当権がD社長のために設定されていました」

C常務 「D社長も知っていたということか。場所は歌舞伎町と道玄坂、写真からして品のいい店じゃないな。なんでD社長はEのサイドビジネスなんかへ支援したんだろうな」

トクチョー 「取引先からの評判では、X社の事業のほとんどを仕切っているのはE氏で、D社長はE氏を全面的に信頼してほとんど経営にはノータッチだそうです」

B室長 「X社の事業継続にE副社長の続投は不可欠ということですか。当社は副業禁止規定もありますし、買収するとなればE副社長には飲食店経営はやめてもらわないといけませんね」

C常務 「いや、筋のわるい客が常連の怪しい店を経営している人間と付き合うわけにはいかない。飲食店Pをもう少し調べてみてほしい。追加調査の結果が出てから社長に報告して判断を仰ぐが、社長は黒いうわさにはかなり敏感だし、X社の買収は白紙だろうな」

 数週間後、トクチョーの追加調査で飲食店Pの支配人と氏名・年齢が一致する人物に、集団暴行事件で逮捕された報道記録があること判明し、A社は最終的に社長判断で買収を取りやめました。

 B室長からは、「C常務の経験に基づく直感だけでは、買収をやめるということにはならなかったと思います。調査結果によってC常務の直感がある程度裏づけられたため、社長も納得して取りやめとなりました」と話していました。

 
共同経営者の1人に具体的な仕事の様子が見えず

 もう1つの事例は、A社の製造技術とインフラを利用し、Y社の特許を商品化するという事業提携に関わる調査です。

 調査対象であるY社は、AIを活用したドローン関連技術を保有する従業員9人のベンチャー企業で、ベンチャーキャピタルから話が持ち込まれました。

B室長 「今回調査してもらいたいのはY社の取締役2人、CEO兼CTO(最高技術責任者)で29歳のF氏と、マネージングディレクター兼ドローンセクション・エバンジェリストで31歳のG氏に関してです」

C常務 「CTOはまだしも、マネージングなんとかにエバンジェリストって一体どういう役割なんだか。Y社の登記から2人とも取締役だってことは分かったんだが、特にGについてはよく調べてもらいたい。人当たりも地頭もいいのは分かるが、どこか軽い印象がある」

B室長 「G氏本人の話では、Y社のマーケティング関係と営業を担当しているということなのですが、どうも具体的な話が見えてこないのです」

トクチョー 「Y社ホームページのプロフィールでは、2人は大学院の同じ研究室で先輩と後輩の仲だったようですね。最近は、学生時代を共にした仲間と起業するベンチャーも多いようです」

C常務 「大学と会社は違う。学生時代からの仲間だからといって、仕事もうまくいくとは限らないからな。実際、途中で仲違いしてしまうことも少なくないだろう」

トクチョー 「分かりました。両氏の関係性も情報収集できればと思います」

 今回の調査では、関係者への間接調査と合わせて、調査対象者の年齢が若いことから、SNSやブログについても丁寧に調査しました。結果、Fに関するネガティブな情報は出てきませんでしたが、マネージングディレクターのGに懸念のあることが分かりました。

 
SNSの書き込みで判明した実務実態

 Gは、大学院修了後に人材紹介を主力とする大手企業Qグループへ就職しました。
 同社の社員に対して起業が推奨される企業風土に後押しされ、3年目に新卒入社同期の数人で人事採用と営業のコンサルティング会社を立ち上げました。

 自称「元Qグループのエース社員」としてSNSを中心に情報を発信していましたが、事業は鳴かず飛ばずの状況が数年続きます。そうこうするうち、大学院時代の後輩Fと再会して意気投合し、Fが技術、Gが人事総務と営業を担当する形で起業したのでした。

 ところが、GのSNSを丹念に読んでいくと、Gは人事総務の実務経験がほとんどないことが分かりました。「バックオフィスのことは人事採用以外よく分からないので、社労士の先生に丸投げしています。アウトソーシングって重要ですね」との投稿があったのです。

 ほかにも、毎月のように出張と称して平日に旅行していることをブログで報告していたり、G個人の副業であるビジネスコーチングの営業的な投稿も定期的にされていたりと、Gがまともに働いている様子は全く見受けられません。

 これを裏づけるように、関係者からは「Gが後輩のFにたかっているだけ」「GはY社の技術を何も理解していない。腰掛けのつもりでいるからだろう」といった評判が聞こえてきました。

 トクチョーから報告を受けると、C常務は少し苦い顔をしながら言いました。

C常務 「Gに問題があるというより、そいつに好き勝手やらせてマネジメントできていないFが心配だな。この事業提携は、うちの社長がえらくFを気に入ってしまって既定路線になりつつあるんだ。社長になんて報告をしようか…」

B室長 「F氏はいかにも優しそうな青年です。先輩のGに気兼ねして本音を言えないのかもしれません。Gのような人物が居座っている状況は好ましくないですが、事業提携するからといってY社の人事にまで介入するわけにはいかないですしね」

トクチョー 「50%超の株式を取得する買収か資本提携であれば、御社が株主として取締役G氏の解任決議をするか、あるいは次回の定時株主総会で選任しないという手段もありますが…」

C常務 「それだ! もともとこの提携は、将来的に買収することも視野に入れていたし、社長はFのことを気に入っている。懸念がGだけなら、買収してしまってFの代わりにうちがGに引導を渡せばいい」

B室長 「引導を渡すというのは穏やかではないですが、株式の8割を持つY社のベンチャーキャピタルもエクジット (出口戦略) を考えているようですし、F氏が納得するなら選択肢として社長に提案したいですね」

 A社の社長はB室長とC常務の提案の通り、Fに買収案を提示しつつGの処遇について相談したところ、やはりFは大学院時代に世話になったGに頭が上がらず、職務怠慢について指摘ができないことに悩んでいたのでした。

 とはいえ、そのことが原因で優秀な社員が辞めてしまったこともあり、Fは責任を強く感じていました。そのため、Gの貢献を考慮してそれなりの対応をするという条件で賛同しました。ベンチャーキャピタルもY社の行き詰まりから売却先を探しているような状況であったため、A社による買収提案は渡りに船だったようです。

 結局、A社はY社の全株式を買い取るのと並行し、Gと話し合いをして退職慰労金に色を付けることで辞任してもらい、スムーズにY社との共同開発を進めることができました。


 2018年におけるベンチャー企業に対するM&Aは1313件、前年から約50%増加し、M&A全体の34%を占めます。

 しかし、M&Aの成功率は5割ともいわれ、特にベンチャー企業に対するM&Aは買収先企業の人に依存する部分が多く、キーパーソンの見極めができていないと成功はさらに遠のきます。

 一般的な企業信用調査で得られるのは、企業が自己申告のする財務状況と代表者の情報がほとんどです。

 人物を見抜く直感力は大切ですが、例えば採用面接だけで人物を見極めるのが難しいように、企業信用調査や経営者面談だけではわからないキーパーソンに対する人物調査は、特にベンチャー企業の買収・事業提携には不可欠であるといえます。


※この記事は事実を基にしていますが、登場する人物・団体・名称等は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。守秘義務のため、依頼者や調査対象者が特定できないように、事件の詳細は設定を変更しています。

※本記事は、トクチョーがダイヤモンド・オンラインに寄稿した「調査員は見た!不正の現場」シリーズの「ベンチャー相手のM&Aは人物調査でキーパーソンを見極めろ」を改題・編集したものです。 

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